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箱物としての伝統的建造物群保存

 

 先日、紅葉の嵯峨野を歩いた。朝早くに行ったので人も少なくとても気持ちよかった。ひなびたたたずまいに鮮やかな紅葉。ここに人が押し寄せるのも分かるような気がした。


 そして化野念仏寺の近くに差し掛かった。そこには古い民家が並んでいるが、一階はことごとくみやげ物屋であり、客の呼び込みに余念がなかった。最初は観光地なんだし、こんなものだろう、と思っていたが、そのうち、この一角が国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されていることを知った。それを示す看板があったからだ。


 Wikipediaによると、「伝統的建造物群」とは、「周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的建造物群」のことを言う。確かに、狭い道に面して古い立派な木造建築が並んでいる。しかし、建造物が面で並んでいるだけではなく、そこに、古くから住んでいる人が居住し、伝統的を受け継ぎ、もともとあった佇まいを維持していることなども重要な要素であろう。


 しかし、現実には「伝統的建造物」に住んでいた人はいなくなったか、職業を変え、土産物屋に変わった。するとどうだろう、本来あったであろう趣きある雰囲気は見事に消え果て、どこにでもある観光地に変わり果ててしまった。残っているのは、建物だけである。これで本当に「伝統的」なのだろうか?


 「重要伝統的建造物群保存地区」の指定は、全国的にされている。例えば、木曽の妻籠宿は最初に選定された地区の1つである。ここでは、早くから景観保存の取り組みがなされていて、「売らない、貸さない、壊さない」という原則が徹底されている。住んでいる人は大変なのだが、それでも町を守るためにやっていると、ずっと前に教えてもらったことがある。


 しかし、指定されても、ただの観光地になってしまうところも多いのではないだろうか。これでは、建物の外形というハードは残すが、建物の中での生活や町としてのつながりといったソフトはなくなってしまう。まるで、箱物(ハード)だけつくり、箱の運営(ソフト)は何もしない、今の行政を反映しているようだ。


 これらの建物がみやげ物屋など営利施設に利用されるのは仕方ないのかもしれない。しかし、「重要伝統的建造物群保存地区」として指定されているということをふまえて、せめてそれに見合った落ち着きのある佇まいを維持するような運営をお願いできないものだろうか。


 そう考えるのは、単なるエゴかもしれない。しかし、建造物群を保護しているのに、その場所のよさを観光客に十分に示すことができないならば、私は悲しいことだ思う。


(2009.11.17)