新国立劇場 ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》大野和士、マクヴィガー、テオリン:KINUZABU-Music
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新国立劇場 《トリスタンとイゾルデ》

日時
2011年1月7日(金)14:00~19:45
会場
新国立劇場オペラ劇場
曲目
リヒャルト・ワーグナー作曲
楽劇《トリスタンとイゾルデ》全三幕
 
 
指揮
大野和士
演出
ディヴィッド・マクヴィガー
 
 
配役
トリスタン:ステファン・グールド
 
マルケ王:ギド・イェティンス
 
イゾルデ:イレーネ・テオリン
 
クルヴェナール:ユッカ・ラジライネン
 
ブランゲーネ:エレナ・ツィトコーワ
 
 
管弦楽
東京フィルハーモニー交響楽団
合唱
新国立劇場合唱団
パンフレット
 

満席だったのが12月後半になってちょっとづつ空席が出て、いけそうな日が出たのでぽちっと購入。席番が平土間中央通路2列後ろの真ん中だったのでビックリ。VIP用に空けていた席を放出したのか???


さて、オペラだが、結論から言うと、全体的には歌手のレベルがあまりにも高かったのと、大野さんの指揮(特に3幕)がよかったので楽しめた。しかし、管弦楽と演出が残念だった。特に演出。最後がよければ全てよし、というわけにはいかないぞ。


【歌手】 これはもう最高レベル。中でもトリスタンを歌ったグールドの力強さ、高貴な声、明瞭な発音、考えうる限りの最高レベルだと思う。3幕で少し息切れも見えたけど、最後まで迫力は保った。すばらしい!ブラボー!!


イゾルデのテオリンも最後まで崩れず、絶叫調にならず、よかった。1幕前半の美し声を最後まで保ってくれたら言うことはないのだが。


クルベナールのラジライネンは、この人がクルベナール?と思うほど贅沢な配役。張りのある勇ましい声を響かせていた。


ブランゲーネのツィトコーワは美しい声だけれど、もう少し透明さが欲しい。昨年聴いた福原寿美枝さんのしとやかで美しい声と比較してしまう。


マルケ王のイェティンスは王らしい気品のある声で満足。ラジライネンが横にいるから、ちょっと歌いにくいだろう。


【指揮】
大野さんの指揮は遅く始まった。1幕、2幕では歌手が歌うときは遅く、管弦楽のみでここぞという時はドライブしてあおる。ここに差があって、なんだか馴染めなかった。もちろん、管弦楽のみのドライブ感は凄い。


歌と管弦楽のドライブ感が最高潮に達したのが3幕。燃えましたね。グールドはまくし立てるように吼えるし、管弦楽は大野さんに引っ張られてはじけるはじける。


最後の愛の死もゆっくり壮大に締めくくった。3幕で大野さんの凄さを体感した。でも、涙が出なかったのは何故だろう?


【管弦楽】
弦楽器が多かったので、ワーグナーの厚みが出ていた。迫力も大野さんに引き出されて、よかったと思う。


でも、木管、金管はもう少し何とかならないか。金管は仕方ないにしても、木管が美しく響かないのは何故?びわ湖では金管の酷さに辟易したが、新国は木管が特に悪い。そして全体的に悪く数以外いいところがない。


ワーグナーの管弦楽は難しい。


【演出】
最後の幕切れはよかった。イゾルデの入水自殺というのは初めて。赤い月と割れ目の消えた黒い舞台で月が沈み、イゾルデが舞台奥に進むのは綺麗だった。


でも、それ以外は×。舞台装置は美しさのかけらもないし、統一したコンセプトも、月と割れ目、水だけ。1幕のぼろ船の意味は何?トリスタンの心境なのか?2幕のマストは愛がしっかり根付いているからなのか?3幕では入水自殺するからほとんどが水なのか?なんかよく分からない。


分からないのは私のせいかもしれないが、よく分からないことをつないでいると思った。


そして一番醜かったのは、船員、兵士の集団。動きは珍妙だし、所作も粗雑。頼むからソリストが歌っているときに動かないでくれ。歌に集中できない。所作の粗雑さは新国らしいと思った。


結局、最後は美しかったが、そこにつなげるまでの舞台も重要だと認識した公演だった。