バイエルン州立歌劇場来日公演
R.シュトラウス 歌劇《ナクソス島のアリアドネ》
日時
2011年10月8日(土)15:00~17:30
会場
東京文化会館大ホール
曲目
R.シュトラウス 歌劇《ナクソス島のアリアドネ》
指揮
ケント・ナガノ
演出
ロバート・カーセン
配役
執事長:ヨハネ・スクラマ
音楽教師・マーティン・ガートナー
作曲家:アリス・クート
バッカス/テノール歌手:ロバート・ディーン・スミス
舞踏教師:トーマス・ブレンデル
ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー
アリアドネ/プリマドンナ:アドリエンヌ・ピエチョンカ
音楽教師・マーティン・ガートナー
作曲家:アリス・クート
バッカス/テノール歌手:ロバート・ディーン・スミス
舞踏教師:トーマス・ブレンデル
ツェルビネッタ:ダニエラ・ファリー
アリアドネ/プリマドンナ:アドリエンヌ・ピエチョンカ
管弦楽
バイエルン国立管弦楽団
この公演にはプレミアムエコノミーという安い券があったので、思わず購入。席は4階サイドの1列目だった。舞台は少し切れるけど、音もいいし、オケがよく見えるいい席だと思う。でも周りはプレミアムエコノミーの人ばかりで2列目はガラガラ。価格に合わない場所とみられているのだろう。
以下感想だが、例によって長い。結論から言うと私は大変楽しめた。歌手のレベルも演奏も素晴らしい。演出も今風だがわかりやすい。歌手と演奏と演出の高度な融合。こんな経験はなかなかできないと思った。
切符には開場が14時30分となっていたが、14時15分に開場した。事前に、開演の15分前には席についておくことをお勧めするとネットで言われたので、15時開演でも、14時40分前には席についていた。オケを見ると、弦の少ない小編成。これはいいと期待していると、オケの団員の様子がいつもと違う。ハグをしたり、言い争いをしたり、議論したり。
私の経験では、通常、開演前のオケは個別に練習する人で一杯なのだが、この様子では、楽団員は劇中の楽団員でもあり、もうすすでに公演は始まっているんだと思った。15分前どころか、30分前には公演は始まっていたのだろう。
開演10分前に幕が上がり、舞台上ではバレエのレッスンをしている。流れる曲はアメリカの曲ばかりだから場所はアメリカかな?開演時間を 10分ばかり過ぎた後で舞台からのキューで突然序曲が始まる。指揮者の入場と拍手がないのはよくあることだ。客席の照明も明るいまま。
序曲が始まるとレッスンを受けていたダンサーが序曲に合わせて踊る。これが、序曲の響きに合ってジーンと来た。1930年代ぐらいの貴族らしいの服装の4人組が現れて、ダンスの具合を確認しているようだ。そこに音楽教師が、客席から声を出す。大変良く響くバスで最初から圧倒された。4人組の中から現れた執事長は威厳もなくなよなよしてイメージが崩れた。
やっぱり序幕では作曲家だろう。アリス・グートはその期待にしっかりと応えてくれた。希望に燃える新進作曲家。その熱意が歌にあふれていた。対するツェルビネッタも軽いノリでいい。音楽教師も最初からずっと声の大きさ、雰囲気、演技が抜群。これで舞踏教師がもう少しちゃんと歌えたら。代役だから仕方ないけど、ギ・ド・メイだったらもっと良かったんだろうな。
でも、最後の作曲家とツェルビネッタの2重唱はなんとなくしっくりこなかった。照明に照らされてバックに人の形が投影される演出はいいのだけれど。
で、作曲家が、こんな舞台を許すんじゃなかった!と叫んで序幕が終了した後、一人幕の前に残されて、手に持っている楽譜を指揮者のケント・ナガノに渡した。やっぱり、楽団員も公演の役者の一部なんだ。作曲家は舞台の袖に残って、オペラを確認するようだ。
休憩なしでオペラ。雰囲気がまるで変わる。真っ黒な舞台で真っ黒なワンピースを着た長い髪の集団が横たわっている。水の精、木の精、やまびこが同じ衣装でその間を動き回る。横たわった集団が同じように起き上がるとアリアドネの嘆きの歌。歌うのはアドリエンヌ・ピエチョンカのアリアドネだけだけれど、同じ服装の集団が同じ動きをするので、見た目ではマスとしてのインパクトが極めて強い。
こんな中で、突然、集団の一人が、立ち上がってかつらを投げつけて怒り出す。ハレルキン?ツェルビネッタも同調。今までの調和がびっくりするほど壊れた。作曲家の作った高尚なオペラをぶち壊すのがツェルビネッタとゆかいな仲間たちの役目だが、効果抜群。テンポもアリアドネのゆったりした音楽と、ツェルビネッタとゆかいな仲間たちの早い音楽のスピードの差が激しい。明快な対比があった。
以後も、ツェルビネッタとゆかいな仲間たちの破壊は続く。黒一色のなかで派手な色の服に変わったり、ツェルビネッタも赤い口紅を塗ったり、赤いハイヒールを履いたり。
そうしたなかかでツェルビネッタの長大なアリア。男性集団も現れて、黒服を投げ飛ばして黒パンツのみになる。ツェルビネッタは彼らをからかったりしていたが、最後は彼らに抱えられて開脚180°で歌う。いやー、今の歌手はアクロバットで強烈なアリアを歌わないといけないんだ。それでもダニエラ・ファリーはツェルビネッタをしっかり歌っていたのはすごい。
そして、バッカスの登場。舞台後方中央が開いて白い強い光が漏れてくる。バッカスの歌が進むにつれてだんだん大きく開き、バッカスの集団が表れる。バッカスの集団対アリアドネの集団。声の迫力とマスの迫力。そしてオケの大迫力。この小編成のオケでこれだけの迫力を出せるとは!凄い能力のオケだ。
ここでアドリエンヌ・ピエチョンカの美声が光った。どれだけ声を出しても美しく乱れず、透き通る声。それが大迫力のオケを突き抜ける。美しすぎてくらくらする。ロバート・ディーン・スミスのバッカスも悪くないが、この人はやっぱり声が小さいし一本調子。
そして、舞台の背景がすべて明るい光で満たされて舞台は終わるが、最後に作曲家が舞台袖から舞台中央に歩いていき、「これが僕の舞台だったんだ」と感慨深げに舞台を歩いている姿が印象的で、それで公演が終わった。
統括すると、歌手は突き抜ける激しい強さを持った人こそいなかったが、高位に平準化していて極めてレベルが高かった。ピエチョンカ、ガントナー、クートはその中でもよかった。ファリーもよかったけれど、ツッェルビネッタとしては何か物足りない。もっと、極限の快楽を味わいたいと思った。
管弦楽は大変すばらしかった。ナガノの指揮は、美しいシュトラウスの音楽の官能を引き出していたし、テンポの設定も極めてよい。室内楽的な響きと打楽器や金管楽器による大迫力を味あわせてくれた。オケを締め上げているわけでもなく、うまくドライブしていた。オケも指揮に応えて素晴らしい音を出していたし、迫力も申し分ない。この曲の指定通り小編成なのも音の雰囲気がよかった。
そして演出。オケを含めてすべて公演の一部としていた。わかりやすく、確かにそうだな、と改めて思うところも多かった。そして、はっきりとしたテーマがあった。それは、「殻を脱ぎ捨てること」。このオペラのテーマでもあるのだが、オペラではいろんなところで服を脱ぎ捨てるところが出てきて自分の姿を変えようとするし、ツェルビネッタとゆかいな仲間たちは黒一色の舞台の中に色を加えて作曲家の思いをから別のものを引き出そうとする。最後に作曲家が舞台に出て感慨にふけっていたのも、彼が殻を脱ぎ捨てることができたからだろう。
また、最初のバレエはオペラの練習でもあったわけだが、歌だけではなく踊ることの楽しみをしっかりと知ってくれというメッセージなのかもしれない。序幕でのツェルビネッタとゆかいな仲間たちの歌とバレエがつながっているんだと思った。
大変、高度な歌と音楽と演出のハーモニー。とても凄いオペラを観ることができた。不満がないわけではないが、こんな体験はなかなかできるものではない。東京まで行って本当に良かったと思う。